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死にたいけど生きている。

 昨日から一転して体調が悪い。この病気の嫌なところの一つは不安定なところだ。Facebookの「過去のこの日」みたいなメッセージでビールを飲んでいる写真が出てきて、そういえば1年前は普通にビールをんでいたんだっけと思う。

 死にたいけど生きている、死にたいままに生きているなどと言う言葉が、この病気の体験談に多く見られる。得てして妙な感じもするし、当たらずとも遠からず程度しか的中していないような気もする。

 私も自殺を試みたことがある。もう20年近く前だった気がする。私の記憶は非常に曖昧で、いつのことか、ほとんど記憶にない。1年前の記憶と10年前の記憶がゴッチャになってある。

 その日、私は大量の睡眠薬を服んで横になった。当時は死ねる程度の薬が大量に出されていたので、後に医者に致死量の3倍と言われたのだが、その程度の量を服んだ。これも曖昧な記憶だが、1ヶ月程度、発見されなかった。

 前述のように私の家族・親戚は、疎遠の叔父以外は両親しかいない。両親も、私を病気にした張本人だから、そんなに私の面倒を見る人間ではない。かくして誰にも発見されずに1ヶ月が経った。

 しかし、私は目を覚ましてしまった。なぜか目を覚まして、30分かけて最寄りの都立総合病院まで歩いていった。最初は整形外科に回されたため治療が遅れたが、形成外科で皮膚が壊死しているので全身麻酔による植皮手術が必要と言われた。

 どうして助かったのかといえば、医者が言うには無意識のうちに水分を補給してトイレで尿と一緒に流していたようだ。まったく記憶にないのだが、たしかにトイレが薬の匂いでツンとする。

 両親は手術の立ち会いにも来ないで私が医者に手術の説明ができないと怒られた(時間ギリギリには来たが)。私には「五体満足で産んでやったのに"カタワ"になりやがって」と言いつつも、トイレの掃除はしてくれた。

 それから退院するまでの間は、私が生まれてきて最も安楽な気持ちでいられたと思う。看護師さんに、物凄く良い人と言われたのだが環境がなせる業である。自分の生が自分の手にないという、生きることに対して無責任な状態が、そうさせたのだと思う。

  そのときに思ったのが、自然のままの状態で、私は生きているのだなということだ。ぼんやりと、死ぬのは不可能だと思った。それ以来、本気で「死のう」と思ったことはない。私の場合、死にたくても生きているのは、死ねないと悟ったからである。