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武蔵野市の奥の方にある民間の精神病院のこと。

体験記

 まともに向き合ったら恐怖でいられないので書く文章がドライになるのを勘弁してほしい。あと、記憶が不確かな点もあるのもご了承いただきたい(文末に初出を挙げるので参照してほしい)。


 私は渋谷にある恩田クリニックという個人のクリニックに通っていた。主治医は院長の恩田禎先生だったが病欠(リンパ腺癌で後に他界)で代診で来ていた野村重友医師が私を診た。

 「薬を減らしてあげるね」と、その医師は言った。精神科の薬というのは意外と多く、だいたいの人間が一生、付き合わなければならないと思っている。しかし、甘い言葉で患者を「スカウト」していたことが、後になって判明する。

 そして、その医師が所属する、武蔵野市の奥の、国立との境にある根岸病院という精神病院に入院することになった。調べてみると今から20年ほど前のこと。外見は立派な病院で、常に庭師が入っていて頻繁にTVドラマのロケなどが行われている。

 私は両親に拉致されるように、いや本当に拉致されて車に乗せられた。入院道具の一切を用意していて、早朝、私は車に押し込まれた。車内で「家庭内のことにも介入してくれる素晴らしい先生だ!」と繰り返しているので変ではあった。

 病院に着くと、その医師は両親の方を向いて「親御さんの思ったような人格にして差し上げます」と言った。私の方を向いて「親の言うことは絶対だからな」と言った。帰ろうとすると「保護入院に切り替えるぞ!」と脅した。

 そして、どのようにしたいですか、と両親に訊いた。両親は「部屋を綺麗にしてほしい」と言った。「部屋を綺麗にするまで退院させない!」と、その医師は言った。パーソナリティ障害と診断されている私に親は絶対を繰り返した医師は他にいない。

 正直、入院の理由に病気なんてどうでもいいのだ。それから、私は、後に主治医いわく「毒を盛られ」るような薬を服まされ、正気を保つのが精いっぱいだった。減らすどころか数倍、強い薬になっていたそうだ。

 さらに、任意入院なのに外部との連絡(手紙を出すこと・電話を架けること)の一切を禁じられた。外部からの手紙は破棄された。「毒を盛られ」て発狂寸前、じっと座っていることすらできないのに、それを訴えられない恐怖といったら…。

 さらに、同じクリニックで仲が良かった患者さんが廃人同然になって病棟にいるのだ。一緒に酒を飲みに行ける程度の人だったのに、車椅子に拘束されている。のちにナースステーションの裏の隠しベッドみたいなところに縛り付けられてしまった。

 病棟内にはナースコールもなく、職員も患者に怒声を上げている有様。私は後に拘置所を体験するが、法務省が運営する拘置所と違い人権がない。たまりかねて病棟内の公衆電話から110番した患者もいた。

 ナースコールがないので緊急時に助けを求められない。さらに職員が怠慢でナースステーションに行っても職員がいない。何人も人が死んでいくのを見た。急変して他の患者がナースステーションのドアを必死に叩いても、職員がサボって、いないのだ。

 やがて私は作業療法なるものに参加させれれることになった。作業療法室はラッシュアワーの電車並みで、座ることもできないほどだった。私は正気を保つのが精いっぱいで作業療法どころか日常のこともできないのだ。

 また、作業療法の医療費が欲しいのか、廃人同然になった知人まで参加させられている。退院したのちに主治医に訊くと、家族は老人ホームに入っている母親とアメリカに永住している弟がいるだけとのこと。

 主治医は「悔しい」を連発していた。私の方を見て、面会を装ってスパイに行ってくれとまで頼む。そんな怖いところに行けるか。それに、もともと自分の患者なのに、そんなことに口出しをできない医者の倫理観はおかしいと思う。

 他方で、私の家には近寄りもせず植皮手術のときには手術の立ち会いにも来なかった両親が、毎週、片道2時間以上かけて私に面会に来た。そして医師に「良くなったでしょう!」と言われて「良くなった! 良くなった! 素晴らしい先生だ!」を繰り返した。

 こっちは発狂寸前で到底、良くなんてなっていない。両親に、どうしてよくなったのかと訊くと「顔つきがマトモになった!」と言う。そして嬉々とした声で「素晴らし先生だ!」を繰り返す。

 私は、廃人同様になった患者がいることを訴えても、医師に狂信的になっている両親は聞く耳を持たない。ウチの親は狂信できることがあると、冷めることがない。両親が変なことに狂信的になることは改めて書く。

 そんな作業療法室に、唯一、助けとなる物があった。インターネットに繋がっている端末があったのだ。私は当時、1日に300PVあるBlogを運営していたので、そこからSOSを発信した。実家などの連絡先を書き、そこに訴えてくれと呼びかけた。 

 当時は出版社の編集者が見に来てくれいて大いに期待したのだが、「外部に連絡できるようで安心しました」といって去っていってしまった。しばらく更新がなく、突然、そのような書き込みがあり、私が発狂したと思ったのかもしれない。

 それでも両親には脅迫(?)電話が行ったらしい。退院してから、地元の自立支援センターに訊くと、そこにも私を助けてほしいという電話があったという。もう、こちらとしては必死である。

 知人が私に面会可能か問い合わせた上に面会に来てくれたこともあった。私は、たまたま面会の可否を問う電話を聞いていたので、面会が可能になったと聞いて安堵した。これで直接、助けを求めることができる…。

 しかし、いざとなったら「○×さんという人が来たので追い返しました」という。追い返しましたと言われても、こちらは外部との連絡が取れないのだ。たとえ追い返したとしても、そんなことを私の耳に入れて、なんだというのだ。

 また、根岸病院は、よほど疚しいことがあるのか情報統制に力を入れている病院で、どうして判ったのか私の書き込みも直ぐに見付かって削除を強要された。URLも直接入力していたので履歴には残らないはずだ。しかも怠慢な病院なのに、そんなことには急に呼び出された。

 今になると記事のステータスを非公開に変更しておけばよかったが、あまりに急かされるので記事を元から削除してしまったのが悔やまれる(ちなみに当時のSo-net Blog自体は非公開に設定して保存してある)。

 根岸病院はそれだけ死者が大量に出して、しかも死因を虚偽報告していたこともあるのにネットの検索には上がってこない。時間が経って、ますますそうだろう。今、検索すると、辛うじて、このページだけがヒットする。

精神病院不祥事件

 ただ、下記初出でも触れているが、あれだけ口コミを見た人は客と思わず医療機関しか客と思っていないcalooでも評価が2.0である。悪評を探すと幾つかの個人のサイトに行きついたが、すべてページオーナーが息絶えていた。

 結局、親は、相当、非難の電話が殺到したのだろう、私が「このままでは廃人にされる」という言葉を信じて、何とか退院させてもらえた。ちなみに叔父いわく、廃人にされなかったら一生、閉じ込めておこうと思ったそうだ。

 退院して家に帰る車内で、「素晴らしい先生」を繰り返していた両親に、改めて「あの医者、どう思う?」と訊いたら「そんなものは人に訊くようなものじゃない」と答えが返ってきた。

 

P.S. 私のBlogが世に出た後、野村重友医師は根岸病院を辞め恵比寿で開業しているそうだ。

 


初出:

体験記≪0021≫ ( メンタルヘルス ) - メンヘラは「飛ばない」豚か? - Yahoo!ブログ